「なあんもねえな」。自宅があった南相馬市原町区の北萱浜(きたかいばま)集落で、会社員、小西康弘さん(37)が寂しそうにつぶやいた。

震災直後、小西さんは市内の勤務先から自宅へ駆け戻った。家具の倒壊状況などを確認した後、職場が気になり会社へ戻った。同じころ、父俊丸さん(64)は、小西さんの長男竣君(12)と長女静空(しずく)ちゃん(9)を、小学校に迎えに行っていた。3人は軽乗用車で自宅に戻った。だが、そこに大津波が襲来した。「逃げろ」と叫んだ隣家の男性が、俊丸さんを目撃したのが最後だったという。

第1原発で建屋の爆発事故が起きた。妻と母を気遣って、小西さんは15日、福島市の福島東高校体育館に移った。断腸の思いだった。18日になると「南相馬の放射線量は少ない。行くべ」と、義兄と2人で再び南相馬へ。「おれたちも行く」。同じ体育館に避難していた消防団のリーダー、木幡好弘さん(42)が声をかけた。木幡さんは、一向に捜索が進まないことに胸を痛めていた。

最愛の人、必ず捜す…南相馬の元消防団員 2011年3月28日 毎日新聞